あくまでも占い師のイチ意見です。

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亡くなった人やペット・天使からの愛のメッセージを伝えるミディアム(霊媒師)Tomoちゃんが、人生をより良くするっぽいお話をつらつらと書くブログ。霊感タロットやチャネリング、故人交信のご依頼を随時承っております

時間を外した日、制限を外す

今日は7月25日
13の月の暦では「時間を外した日」と言われています。
(13の月の暦とはマヤ歴をベースにし、太陽と月の周期に基づいて作られたカ レンダーです。
通常のカレンダーで言うところの7月26日が13の月の暦では新年初日になり ます。)
自身の魂からの望みを思い描いたり、現実化させたいことを宣言したりするには うってつけの日です。

 

 

こんな日だからカミングアウトしますが…

珍しく素の自分の言いまわしで本音書きます。

要するにカミングアウトです。

 

ふと、自分の中にある「制限」ってなんだろうかと思いました。

女性だから・・・バツイチだから・・・

でも、このあたりに関してはフォローとなる事象があるので極端に制限とは思ってないです。

有るとすれば自分が

「発達障害(ADHD)」であることです。

(アスペルガーとまでは行かないそう。)

よく周囲の人から「そうは見えない」ってよく言われます。

ただ、これは自分で試行錯誤してみて、自分なりのやり方でなんとか上手くできるようになったから。

 昔に思っていた「人とは違う」という葛藤

ずっと昔から、人とは違うという葛藤を持っていました。

でも、それが何なのか具体的にわからないのです。

学校でいじめにあった時も、何故そんな目に合うのかが分からないのです。

冗談を冗談と判断しにくいので、おそらくその反応がおもしろかったのでしょう。

しょっちゅうからかわれてました。

結構、対人関係で誤解されまくってました。

実家でも毎日納得いかないことばかりでした。

だんだん自分を表現するのがしんどくなってきて、「どうせ・自分なんか」って思うようになって。

そんな時、すごく気になる人に出会ったのですね。
その時、自分について伝えたいと思いました。
けど、やっぱり自信がなくて、おまじないや占いを自分でやってみたりとかして。
そうするうちに、スピリチュアルなことを知るのがすごく楽しくなって
気が付いたら、それが自分の強みになっていました。
発達障害の人は学術肌で特定の分野への興味や知識がものすごいそうです。

リーディングのお志事をすることで、「自分が得た情報や知識をどうしたら解りやすく伝えられるだろう」と考えながら話したりすることで、コミュニケーションにおける問題は解決してきた…つもり。
(その分簡潔に説明するとか、文章を短くするとかが苦手…)

感性が普通とちがうなーと顕著に思ったのは、専門学校のみんなで宿泊行ったときかな。
肝試しをする前にホラー映画「リング」のDVDを見ようという事になって。
皆は「貞子コワい~!!」と普通ならする反応ですが、私に限っては「貞子がかわいそう」という印象だったのです。(話の流れから、貞子が悲劇のヒロインに思えたんですね。)

発達障害と診断されるまで・されてから

そういった様々な出来事は有りましたが、発達障害と診断されるまで長かったです。
でも、きちんとした原因がわかった時はショック半分安堵半分でした。
初めは躁鬱や自律神経失調とかで診断されて、本来必要のない薬を飲んでいたのです
結局それは発達障害からくる2次障害で、おおもとの原因は発達障害でした。
時期的な気持ちの浮き沈み(冬になると、生理前など)はどうしようもないです。
発達障害は治せないのです・・・。
一生向き合わなきゃいけないのかと思ったらやっぱり辛かったわ…。
知能テストなどをやってみて、職業適性検査もやりましたね。
職業適性検査では、今のお志事がものすごく合っているという結果でした。
(今までいろんな仕事をしたけど、続けられなかったのですよ。)
それでも、自分を表現することにおいて「制限」がありました。
自分の言う事が真実に基づいていても、レッテルのために信じてもらえないとか…。
表現するのも怖くて、だんだんブログを書くのもためらってしまったのも事実です。
多分、直感ではなくエゴが働いてしまっていたんでしょうね。
・・・私の傍には自分と同じ当事者がいて、会社でつらい思いをしていて。
話を聞けば聞くほど理解されないことのつらさがすごくわかって。
(理解のない方に対しては「気力とかじゃ治らないんだけどな…」とツッコミを入れたい所存。)
目に見えない事だからいくら辛くても伝えようが無い。

確かに辛い、でも超えたらハンパない喜びがある日々

私はコミュニケーション面で時々苦手な部分があるし、うそをつくのが苦手。
けれど、生まれる前に自分のハンデとかを自分で決めているのならそれなりの理由があるわけで。
おそらく、コミュニケーション面で苦手があるのは、コミュニケーションをとる事の素晴らしさを一生涯かけて学びたいからなんじゃないか?と思うのです。

「制限」って本当に辛いです。
だけど、制限から解放された時の喜びってハンパない。
それを体感するとものすごい気づきや学びが有るのだとしたら、どんどん破ったらとんでもないすごいことが起きるような気がする。
これからは自分らしいやり方でいろんな表現をいっぱいしたい。

・・・そんな一歩の一環のカミングアウトでした。

明日から新しいエネルギーの流れが始まるので、いろいろ挑戦したいです。