『魂の縁を繋ぐスターシードTomoちゃん』です♪

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亡くなった方やペット・天使からの愛のメッセージを伝えるミディアム(霊媒師)Tomoちゃんのブログ。霊感タロットやチャネリング、故人交信のご依頼を随時承っています

「悲しんでいると成仏出来ない」の本当の意味について

2020年もよろしくお願い致します

実はお義父さん(Kenちゃんの父)が2日に他界しまして、喪中に入りました。
そのため、新年のご挨拶は控えさせていただきます。(葬儀は無事滞りなく終えました)

私が視たその瞬間は、とても穏やかで美しい最期でした。
故人交信を行っている身としては、一連の事を通して学ばせていただいた事は一生忘れませんし、必ず仕事にも活かすべく努めていきたい所存です。

忌中(四十九日)が明けたら、「視える人」としても経験談をお話しできたらと思います。

「○○してると成仏出来ない」の本当の意味について

「いつまでも悲しんでいると成仏出来ない」「いつまでも亡くなった人の事を考えていると成仏出来ないから早く忘れた方がいい」…云々って言葉に翻弄されている人が本当に多いなと思います。

今回もその様を目の当たりにして、お義母さんや義姉さんに「それは絶対無いので、むしろ泣いてスッキリしてください」と言いました。
(Kenちゃんのご家族は、私のお仕事も「視える人」なのも知っています)

お陰で一同ホッとした事も有り、その後の様々な手続きなどに落ち着いて対処出来た様子だとKenちゃんが言っていましたが…
実際それで、成仏(…と言うか、細かく言えば光次元に移行)出来ている様を視ているので、成仏出来ないという事は無いのです。

では、何故「いつまでも悲しんでいると~」「いつまでも亡くなった人の事を考えていると~」という言葉が存在しているのかな?と考えたのですが
そもそもコレ、言い出しっぺは誰なんだろう…?

経典や聖書などを理解しようとする時と同じように、文字通りそのまま受け取って実行に移すというのは間違いで、本当の所は「方々への手続きや知らせでめちゃくちゃ忙しくなるし、混乱しまくりであっても葬祭マナー的に失礼が有ってはいけないから、泣きながらでもいいけど心の中だけとりあえず落ち着いた方が良いよ」という事だと思います。

経験された方はお分かりだと思いますが、

[亡くなって直ぐに葬儀社さんに連絡]
→[関係各所や親戚や友人や近所などに連絡]
→[葬儀の形式や香典返し等々検討、見積もり書を出される
(しかも50万とか200万とかの見た事も無いような数字や用語も眼前にする…)]
→[葬儀中の挨拶や段取りを考えないといけない]
→[あっという間に葬儀・告別式当日で気を使う事も多い]
→[ホッと一息も束の間役所へ手続き、名義変更なんかもしなければ…]
→[色々書類が必要、慣れない手続きで右往左往、しかも窓口はほとんど平日しか開いてないよ…](今回はここまで終えるのに15日近くかかりました)

……と、ざっくり端折っても、大変さが伝わる…かな?

そんな風に、本当に悲しんでいる暇なんて無くて、初めて喪主になるともなればプレッシャーも倍増です。

今回の場合は、様々な事情を考慮して火葬式(通夜・告別式をしない、いわゆる直葬)に精進落としの会食を加えた形となったのですが、それでさえも本当に大変で…

「お通夜や告別式もこなした人は本当に凄い頑張った人だよね!(^。^;)」とKenちゃん。

そんなわけで、心の中を一旦落ち着かせることを最優先にして、その為には泣いても全然かまいません。

お葬式は遺された側の人たちのために有る儀式

お葬式って、故人のためにやるのではなく、遺された家族や親族、友人のためにやることです。

故人側は、こちらの世界での学びを卒業したことをきちんと納得した上で光次元に移っています。(自死を除いては)

死は終わりでもないし、消えることでも無いので、お葬式をすることによって故人とのつながりや絆が消えたり終わったりするという事でもありません。

ただ、こちらの世界の人々には、それらを身や心を持ってきちんと納得するという儀式が必要なので、お葬式や納骨、お墓参りなどが有ります。

日本古来からのグリーフ(悲嘆)ケアの知恵と言っても過言ではありません。

喪主や遺族として気を付ける事

先にも書きましたが、辛くなったら泣いてください。

人って、泣くことも怒ることも、ずっと続けていると疲れて飽きてくるので、自然と止まりますので。
感情を発散させないで溜め込むことの方がよく無いですから。

どちらかと言うと気を付けないといけないのは、睡眠と食欲の方です。

眠れないかもしれないと思いますが、横になって休むだけでもいいです、睡眠をとってください。
大変な時だからこそきちんと食事をとって栄養や体力をつけてください。

それらは不謹慎には当たりません、寧ろ故人が安心してくれますよ。
(悲嘆状態からうつ病に発展しにくくするためにもこれらは重要です。)

葬儀に関して言うなら、もし喪主や遺族として葬儀の進行が上手くできなくても、故人に失礼になる事は有りません。

参列してきた方も、辛い状況だと解って参列してきてくれているはずですから、文句を言う人も居ないと思います。
(Kenちゃんは喪主のあいさつ等は堂々とカンペを読み上げながらで、間違えまくりの噛みまくりな状態でした。でも、文句を言われることなど一切ありませんでしたよ。)

とても不安・緊張する事と思いますが、全てを自分で抱え込みすぎず、大変だったら周囲の方にお手伝いをお願いしても構わないと思います。

そして、故人を想う気持ちを、様々な形で参列者の方と共に分かち合える時間になったら本望かと思います。

葬儀を終えてからの日々の過ごし方について

四十九日を迎えるまでの間には、もしかしたら気後れや疎外感、ご自身を責めてしまうような気持ちみたいなものを感じてしまう事も出てくるかもしれません。

もしそうなってしまっても、無理に気持ちを抑えようとか葛藤することはせず、
「今は悲しいんだ、辛いんだなぁ」「今は思いっきり楽しみたいんだ!」と、ご自身の気持ちをありのまま受け入れて下さい。

気晴らしにお出かけしたり、遊んだりしても、やる気が起きずゴロゴロしてても、決して不謹慎にはなりません。
寧ろ、それが故人の安心にも繋がりますよ。

なぜなら、亡くなった存在達の望みは「本当の意味で心から笑顔になってくれること」、これにつきますので。

そのために、泣くことは勿論、笑って楽しむことも良いのです。
新しい趣味を始めるのも良いですし、遊びに出かけても良いのです。
(ただし、焦って無理やり元気になろうとか、笑顔になろうとかというのは間違いですのでご注意を)

心から喜び笑顔になることで、亡くなった存在とのつながりを感じる感度も上がりますよ。

ひと段落つく四十九日までは案外長い、しかしやる事は多いです。
だからこそ少しでも気分を楽にして過ごせることを願っています。

そして、一息ついて改めて大切な故人とお話ししたいと思いましたら、私の個人セッションで亡くなった方とお話しすることをおススメします(^^)